平成31年度 御消息(お手紙)

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教 書

今年は元号が代わる節目の年です。明治、大正、昭和、平成と、その時代を象徴し、そこに生きた人々の足跡に思いをはせる元号には格別の趣があります。

私の両親が生まれ育った昭和の前半は戦争の時代でした。七十四年が過ぎ、戦争を体験した人は少なくなりました。熱病のように憎しみ一色に染まり、多くの尊い命が失われたことを語り継がねばなりません。子や孫を戦場に送り出さねばならなかった家族の心情を察すると胸が痛みます。「平成の時代は戦争がなかったことが一番重要」との天皇(上皇)陛下のお言葉にあるように、戦争がない時代だったことは何よりも喜ばしいことです。

「令和」には人々がそれぞれの花を咲かせる美しい国でありたいとの願いが込められているそうです。「和」といっても誰かの色に染めることではありません。美しさは人それぞれです。人々がみな違いを認め合って、それぞれの色で輝き、互いを照らし合う。阿弥陀さまのお浄土こそほんとうの「和」の世界だといえます。

わが身をよくよく考えると、奥底には常に三毒、欲望や怒り妬み、愚かさの火種がいつもくすぶっています。きっかけさえあれば自分や他人を焼き尽くす大きな炎となりうるのです。私たち、一人一人が阿弥陀さまに願われている身であることを心に留めていかねばならないと思います。

生きていく上での不安や葛藤は誰にでもあるものです。お浄土に向って歩む仲間を「お同行」と申します。皆さんにとって本山やお寺が安心できる温かな場所、拠り所であるために、また次の世代へ引き継ぐために、さらなる工夫を重ねる必要を感じております。

新しい時代が平和で穏やかであること願いつつ、お念仏を申して一日一日を大切に過ごしてまいりましょう。

平成三十一年四月十五日

毫攝寺門主 釋善志

総末寺中
総門徒

平成29年度 御消息(お手紙)
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年の初めは誰もが期待と希望を胸に抱くものですが、今年は少し様相が違いました。大国の指導者が宗教や価値観の違う人を罵り、他国を脅し敵愾心をあおる姿を見聞きして、重苦しい気持ちになりました。力を誇示し、言葉巧みに人々の不満を利用し、自分中心の世界をつくろうとする事がとても危険なことは、過去の歴史が物語っています。わが国にも影響があるでしょう。お念仏に照らし合わせて自身の足元をしっかり見据えましょう。

阿弥陀経の中に「共命鳥(ぐみょうちょう)」という鳥が登場します。命を共にする鳥という字の通り、ひとつの胴にふたつの頭をもっています。はるか昔、ヒマラヤに住んでいたとき、頭のひとつが他の頭を嫉妬して、毒の実を食べさせ、果たして自分も相手もともに死んでしまったそうです。共命鳥が浄土から教えてくれていることは何でしょうか。自分にとって不都合なことがあると、つい「あいつのせいだ」と思ってしまう私たち。みなご縁でつながり、支えあい、ともに生かされて生きている存在であることを忘れてはならないのです。

この夏には善明上人の三回忌をお迎えします。気さくなお人柄でご門徒に親しまれた前門さまは「和」の字を好んで使われました。人が声を荒げ、争う姿に心を痛めておられたことを思い起こします。

お料理の「和え物」は、異なる素材を合わせることで、よりよい味を作り出します。材料のどれか一つが強すぎてもおいしくなりません。

人が和するということも、誰かの色に強引に染められるのではなく、自分の色と他人の色、違った色を互いに認め合うことで、すばらしい色が生じることです。これこそが阿弥陀さまが願われた「みんなが金色に輝く世界」である浄土です。

ともに浄土を想い、お念仏を申しましょう。本年より各地のお寺をお訪ねします。ご門徒のみなさんとお会いすることを楽しみにしております。

 

平成二十九年四月十五日

毫摂寺 門主 釋 善志

総末寺中
総門徒