令和三年度 御消息(お手紙)

  • 教書配布
教 書

弥陀大悲の誓願を ふかく信ぜんひとはみな
ねてもさめてもへだてなく
南無阿弥陀仏をとなうべし

お朝仕(朝のおつとめ)では、正信偈に続いて和讃を繰り読みします。

元旦の「弥陀成仏のこのかたは」からの六首で始まり、三百三十首を二ヶ月弱で一巡します。季節の移ろいを感じつつ、毎朝、親鸞聖人からお言葉をいただいているような味わいがあります。

世界じゅうに、新型コロナウィルス感染症が蔓延して、はや一年が過ぎました。トンネルの出口は未だに遥か先で、法要やイベントなど大勢で集うこともままならない状況がつづいております。

 

みなさんはいかがですか。

 

悔しさ、悲しさ、マイナスの感情が支配した方が多かったのではないでしょうか。

思い通りにならぬ故、苛立ちや怒りが起き、他人や自分を傷つける。理屈でわかっていてもままならないのが人の心です。

そのような私たちを憐み 救おうと願ってくださっている阿弥陀さまのありがたさが、ますます身に沁みます。

親鸞聖人のお言葉に「心を弘誓の仏地に樹(た)て 念(おもい)を難思の法海に流す」とあります。

大地にどっしりと根をはる大樹のように、心を本願の大地に根をおろせば、さまざまな縁が織りなす順境や逆境、悲しみも苦しみも、
み教えの大海に流すことができると仰せです。

世間は人々の感情や利害が複雑にからみあい、常に揺れ動きます。「自粛警察」なる言葉が話題になりましたが、時流に浮かんでは消える正義もまた あやしいものです。

自分はいま どこに立っているのでしょうか。

仏法に親しみ、 仏願のいわれをよく聞き、大地に心の根をしっかりとはりましょう。

県境を越えることも難しい昨今、遠くに住む子や孫、親せき、友人を案じる気持ちが募ります。

そばにはいつも阿弥陀さまがおられます。お念仏の仲間もいます。どんなときも、ひとりではありません。

一日も早くこの雲が晴れることを願ってやみません。

 

令和三年 四月十五日

 

毫攝寺門主 釋   善 志

総末寺中
総門徒