令和二年度 御消息(お手紙)

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いま思えば 何気ない日常こそ無上の幸せでありました。この春 状況が一変してしまいました。世界中の交流が盛んな現代においては、この試練が私たちも無縁ではないことを痛切に感じます。カレンダーを埋めていた行事や催しも出来なくなりました。まるで予定を生きていたような毎日が 、今は今日一日 一日を生きていることを実感する日々です。

前門様はおっしゃっていました。「これまでの百年、人間は欲の赴くままに空気を汚し、自然の生態系を壊し、傷つけ合ってきた。もし人間がいなくなったら地球は悲しんでくれるのか」と。

あれもできない、これもできない、と いう我慢の多い暮らしはなかなか辛いものですが 、「無量寿経」の法蔵菩薩の御修行の段に「少欲知足」(少欲にして足るを知る)という言葉があります。この大禍を縁として、少しの欲で満足できる生活を心がけてみましょう。

姿が見えない伝染病の怖さは人心を不安に陥れるものです。五百年前、蓮如上人はの疫癘(えきれい)の御文で「人は伝染病で死ぬのではない。人は生まれたときから死ぬことが決まっている。それほどおどろくことではない。このうえは私たち凡夫を必ず救うと仰せになる阿弥陀さまを尊び、感謝のお念仏を申しなさい」と仰せになっています。

私たちは、ひとりひとりが阿弥陀さまに願われ、大悲の船に乗せていただいている身です。命をおろそかにしてはなりません。つつしみ、やさしさ、つながり、おもいやりを保つように努めたいものです。

「慧日照世間 消除生死雲(えにちしょうせけん しょうじょしょうじうん)」阿弥陀さまの智慧の光明は世間を照らし、生死の雲を除いてくださいます。みなさんと共にお念仏を心の拠りどころにして、柔らかく、強く、日々を過ごしてまいりましょう。

令和二年 四月十五日

 

毫攝寺門主 釋   善 志

総末寺中
総門徒