囲炉裏(薪ストーブ)

昔、本山の台所の真ん中に囲炉裏がありました。

いつも誰かが座っていて、私が弟と遊びにいくと、「ようきなさったの」囲炉裏の周りに私たちを座らせ、お菓子をくれました。煙が目にしみて、冷えた足がジンジン温まります。大人たちが楽しそうに世間話をしていました。

原始の昔から火を囲んできた人類のDNAがそうさせるのか、揺らぐ炎を真ん中にしていると、不思議と心が和んで、話しやすくなります。

かつての家庭では囲炉裏の周りでお母さんの手仕事や子どもの勉強もしていたはずです。家族の会話は今の何倍、あったことでしょう。

今回、台所の改修をするにあたっては、何としても囲炉裏を復活させたかったのです。社員食堂のようなテーブルと椅子では面と向かって「何の用でございましょう」「用件はほかでもなく…」と、なってしまいます。囲炉裏が真ん中にあれば、雰囲気は大きく変わるでしょう。

囲炉裏こそ法令の関係で実現できなかったものの、みなさんのご協力で大きな薪ストーブが台所の中心に据えられました。

秋までは「新門さまの道楽」と揶揄され?もしましたが、実際、冬になってみると「エアコンでは暖まらない!」と薪ストーブが大活躍。いつも火を囲む輪ができています。ご住職も、台所のおばちゃんも、ご門徒も、わけ隔てない語らいの輪。私も時々いっしょに座って語ります。

ありがたいですね。この世界。

本山毫摂寺が再び、誰もが気軽に集える場所になるために、私たちの創意工夫はもちろん必要ですが、薪ストーブの存在は大きな力になってくれることでしょう。