伝説の片袖阿弥陀如来

聖徳太子16歳の頃、用明天皇の喪中に孝養のために彫られたものといわれます。
物部守屋の大連は三宝を嫌い、聖徳太子の仏法を取り入れることに反対しました。そこで太子は蘇我馬子と力を合わせて戦います。その際、陣中にはこの尊像を安置されたといいます。

多勢に無勢で三度敗れた太子は都に戻り、守屋の兵は陣中に乱入して尊像を奪おうとお袖に手をかけたところ、不思議にも隻袖を残して飛び去られ、太子の前に現れ「汝の志願、今正に満足すべし」と告げられました。太子は欣然として出陣され、ついに守屋軍を退け仏法の威徳をあらわされました。
尊像は継体天皇(聖徳太子の曽祖父)が即位前に当地でお仕えしていたという金屋高坂家より元禄12(1699)年に寄進されました。

不思議な伝説をもつ隻袖阿弥陀如来像は33年毎に御開帳されています。